月下美人2009/11/11

シリーズ 詩のような小説
  月下美人 


月下美人 一分の隙もなき静寂

 鈴子の育てた月下美人。その周囲には一部の隙もない空間がはりつめていた。何もかも完璧でとぎすまされた仕事をした鈴子。それゆえ伴侶をもてず、孤高の女性だった。

そんな彼女も一度恋をした事がある。清冽な心の男性だった。そんな完璧さと清冽さの組合せは神が望まなかったのだろう。運命に流されるように、様々な仕事を経て、精緻きわめる工芸作家となった鈴子。

唯一の楽しみと言えば、花を育てる事。それすら、完璧な仕事だった。

もし、鈴子の人生に隙があるとすれば、死の概念が少しも無かった事だけだろう。

作 無名氏 

■ 編集長より

冒頭の句

月下美人 一分の隙もなき静寂(しじま)

は、阿部みどり女 の秀作。この句に打たれて、無名氏が書いた一文がこの「小説」。人は死をみつめる事により、人生の限界を知り、そしてそれが人への想いや寛容につながる。死の概念をもたず、完璧さだけを追求した人生を、無名氏は描いている。

町中の蛍2009/11/11

シリーズ 「詩のような小説」
   町中の蛍


「町中、どこにも蛍がいる方が良い。」

三郎は心の中でつぶやいた。蛍を人工的に増やして沢山の人に来てもらおうという集会で言いたかった言葉だ。でも、彼は言葉を飲み込んだ。

「大きすぎる夢は、人にうらまれる。 大きすぎる夢は、ほっておいても何時か叶う。」

そんな思いからか、自らの夢を語る事は少ない彼だった。集会後、彼はひとり森の川辺を帰った。山中に顧みられず飛ぶ蛍の群れのしずやかさ。

「いつか町が崩壊して野原になる時を待っている蛍なんだろうな。」

蛍にそんな思いをかぶせる三郎だった。

や・ふ

編集長より

「詩のような小説」は、小説をどこまで短くできるかの文学的試みです。詩と小説の違いは長さや形式ではないと思います。小説とは、「ある人生を遠目で俯瞰するもの」との説に賛成します。本日は や・ふ さんの作品からご紹介します。